社内SEの徒然なる日記

「若い時の苦労は買ってでもせよ」の意味が分かってきた

■ 若い頃は・・・

「若い時の苦労は買ってでもせよ」って言葉がありますが、これの意味は「若い時に苦労しておくと将来役に立つ」って感じですね。

正直、若い頃は気に入りませんでした。「年寄りが若い人間に無理難題を押し付けてるだけだろ!」とか「なら、先人として背中を見せろよ!」って思ったし、「苦労するのに歳は関係ないだろ」とも思っていました。

実際のところ、30半ばになった今でも、ある条件下ではその通りだと思っています。

・・・という話をダラダラ書いている(後で読み返したら、長いしウザかった)だけなので、説教くさい話が嫌いな人は、ここで脱出して下さい。

■ そして現在

入社時からいた先輩とも随分と長い付き合いになってきたのですが、彼らの立ち居振る舞いは大きく違います。

無理難題としか思えない仕事に対して、前向きに捉えて解決策を見つけ出そうという人、頑張ろうと努力はするのだが力及ばず出来ない人、始めから無理と決めつけて何もしない人、そんな感じです。部下として最悪なのは最後の人ですね(まぁ、真ん中も困りますが)。

私が入社した時の感覚では、能力的には大差なかったように見えました。しかし、現在の能力は大きく異なります。では、何が彼らの能力差を分けたのか。それが、苦労(嫌な事)から逃げ回ったか、立ち向かっただと思います。

当然、逃げ回った人は能力も無いし、すぐに逃げだす(逃げ方はとても上手)。一方で立ち向かった人は(人間性はともかく)、仕事上ではしっかりしています。

■ 精神の耐久度

今から10年程前、ある厄介な仕事を任されて四苦八苦していました(現在進行形)。自分で言うのもなんですが、苦労したと思います(少なくとも、髪が薄くなる位は)。

そして現在、私は当時よりももっと多くの仕事を任される立場になっています。では、大変なのかと言うとそうでもないんですね。仕事の慣れたということもありますが、何よりも腹が据わりました。

今でも頭を抱えるような仕事が舞い込む事がありますが、どうという事はありません。「あの時に比べたらどうということもない」ですね。

必死に頑張って積み上げた成果が、そのまま自分の自信を支える支柱になっていました。

■ 年を取ると

んで、今の話しを若い時に聞いたら「年は関係ないじゃん」って思ったと思います。

しかし、残念ながら関係あるようです。

まず、20台のうちは許されるようなミスも30台、40台となるにつれて許されなくなっていきます。私も当時はかなりミスをしたのですが、その都度、周りの先輩や上司が何かと助けてくれました。若い時はなんだかんだと言っても助けて貰えるものです。

しかし、頑張っているけどミスばかりしている中年のオッサンの場合、彼を助けようとする人の数は一気に減少するでしょう。少なくとも、その人を好意的な目で見るのは難しいです。

もう一つが、身体的な限界と家庭環境でしょうか。体が徐々に動かなくなっていくし、結婚して子どもが出来るかもしれません。場合によっては、両親の介護なんてことも出てくるかもしれません。体は一つだし、時間は有限です。自然と仕事に割ける時間は減って行きます。当然、苦労することが難しくなっていくでしょう。

■ 苦労しなかった人

最初に「年寄りが若い人間に無理難題を押し付けてるだけだろ!」何て思いに、ある条件下ではその通りだと思うと書いたのですが、その年寄りの対象者が、若い時に苦労しなかった人だと思っています。

苦労しなかった → 能力が無い → やる気も無い → 部下(若い人)に押し付ける

そんな感じに思うのですが、どうでしょうか?

■ 苦労って何か

こんな記事を書くような人間なので、私も当然「若い時の苦労は買ってでもせよ」派の人間です。ただし、心身を壊すレベルで苦労しろというのとは違います。

私の言う苦労というのは「自分の能力の限界より一つ上の事にチャレンジする」ということです。帰宅中でも、トイレや風呂の中でも考えて、考え続けて、夢に見るくらい真剣に取り組んでいれば、それが苦労と言えると思います。

長時間労働 = 苦労

ありえません。健康第一です。

■ 後書き

ふと思い立って書いてみましたが、もしも10年前、あの苦労から逃げ出していたら自分がどうなっていたんでしょうか?ちょっと興味があります。

・・・首になって路頭に迷ってたりして。

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